スプリントファイナルは逆転で谷井!

麻雀界が大きく動いた2007年度が終わろうとしている。

我々RMUが新規競技団体として旗揚げされたことで今までになかった3つのタイトルが誕生した。
まず現在第2回が進行中の長期リーグ戦方式のRMUオープン。
そして秋に短期タイトル戦として行われたRMUクラウン。
最後に本日決勝の模様を紹介するRMUスプリントである。

RMUスプリントは「各予選のルールやシステムが開催日ごとに異なるタイトル」というコンセプトであった。
これは今までになかった新しいシステムといえよう。
もちろん企画段階で「既存の競技愛好者の方々に全く新しいシステムが受け入れられるだろうか」
という懸念の声は少なからず聞こえてきた。
しかし不安の声は、もっと大きな声にかき消されたのである。
「新しい組織なんだから何でもやってみようよ」

企画段階から携わらせていただいた私はこう思う。
「新しい団体には新しいシステムが良く似合う」

少々見当違いの前置きを書いてしまった。
そろそろ決勝の観戦記に取り掛かろうと思う。

 

RMUスプリントファイナル当日。
私が会場に到着したのは対局開始の30分前だった。
すでにスタッフによる会場準備が始まっていた。
それはごく普通の決勝戦を控えた会場の光景である。

しかしよく見ると本日の対局者である多井隆晴も会場準備に参加しているではないか。

スタッフに指示を出し、会場内を忙しそうに動き回っている。
代表である以前に、この男は生来の仕切り好きなのだろう。口と手が誰よりも動いている。
そんな多井に「調子はどうですか」とタイトル戦におなじみの質問をした私。
「昨日、テレビで卓球見てたんだけどさぁ。中国は強いよなぁ」とタイトル戦に無関係の回答で切り返してきた多井。
やはり決勝慣れしていると言うことか。彼の雰囲気に緊張は感じない。

会場の端の椅子に座っている吉田信之を見つけた。
こちらはやや緊張した面持ち。
初めて麻雀のタイトル戦の決勝にのぞむと言うことで無理もないのだろう。
本人は決勝前に「警戒しているのは相手ではなく自分のミス」と語っていた。
今日はそれに加えて緊張とも戦わねばならないようだ。
早い段階で場の雰囲気に慣れてしまえば問題はないのだが。

一方、伊東直毅は会場近くのコンビニで購入したおにぎりを食べている。
ただ朝食を食べ損なっただけにしか見えないが本人は「試合直前の糖分補給」と言い張っている。
緊張具合を聞いた私に「結構長い期間、競技麻雀やってきましたから」と遠まわしに答えてくれた。
最近一番の成長株として伊東直毅の名前を挙げる者も少なくない。
もともと記憶力や手牌分析力を含む基礎雀力は高かったのだが、最近はいい意味での荒々しさ、力強さが身についてきた。
大金星に期待したい。

開始まで10分を切ってから谷井茂文が悠然と会場に現れた。
遅刻を心配していたスタッフをよそに本人に特に慌てていた様子はない。
この時間の会場入りは本人の予定通りなのだろう。
ここ数日、今日のための体調管理を含めた調整をきっちりと行っていたようで初決勝初優勝に向けて気合いは充分である。

4名がそろったところで副代表の阿部孝則から一言挨拶があった。
「各カップ戦の優勝者が順当に決勝に進出となりました。いい勝負を期待します。」

そう、対局にのぞむのは4名のカップ戦覇者。
全員が優勝したからここに座る事を許された人間なのだ。
他のタイトルであれば途中過程で決勝進出の4名の間に何らかの優劣があったはずである。
しかしこのタイトルは違う。

各々が持ったプライドは「決勝進出者としてのプライド」ではなく「優勝経験者であることのプライド」である。
しばしば「競技麻雀はプライドを賭けて戦っている」と表現されるが
今日これからの5回戦で賭けられるプライドは他のタイトル決勝よりも大きいに違いない。

 

【各カップ戦プレイバック】

2007年10月8日 カシオペアカップ 優勝は吉田信之。

予選4連勝、準決勝も2着で決勝進出の吉田。
決勝開始時点では2位に40ポイント近くのアドバンテージがあった。
しかし他3者の奮闘で一時は首位を明け渡すかに思えたがオーラスの親で突き放し終わってみれば吉田の圧勝。

2007年12月2日 ケフェウスカップ 優勝は谷井茂文。

河野高志、室生述成という2名のライセンス選手を抑え谷井が1位で決勝進出。
一発、裏ドラ、赤という高打点の叩きあいになりやすいルールのため決勝も大荒れ。
河野、室生ともに一時は首位に躍り出るが最後は冷静にアガリを重ねた谷井が再度差しきって優勝。
 
2008年1月6日 ペルセウスカップ 優勝は多井隆晴。

RMUクラウンに続いて決勝での多井対古久根のS級対決が実現。
決勝での着順がそのまま最終成績になるという大接戦。
要所で効果的にアガリを重ねた多井がわずかの差で優勝。

2008年2月3日 アンドロメダカップ 優勝は伊東直毅。

カシオペアカップで決勝進出を果たしながら惨敗を喫した伊東が再びのカップ戦決勝進出。
ファイナル進出には準優勝以上という条件下で行われたが
決勝戦南場の親で4000オール、6000オールを連発し大トップでファイナル進出を決める。

 

ファイナル決勝1回戦。起家は多井。
この半荘を通して手に恵まれたのは多井であった。
リーチ、ダマテン、仕掛けをバランスよく使い分け効果的に点棒を増やしていく。
17局のうち9局で点棒をプラスにした多井が終わってみれば6万点越えのトップ。
1回戦は舞台上で多井隆晴のワンマンショーが展開された。

しかし断っておく。舞台の上だけが戦いではない。
舞台裏で地味だがきっちりと仕事をしていた者が1名いた。吉田である。
開始前、多井は自分が優勝するためのキーパーソンに吉田の名前を挙げていた。
伊東、谷井に比べて対戦数が少ないからというのがその理由である。
開始前に「吉田さんのクセを早いうちにつかみたいね」と語っていたが1回戦で多少なりともクセは見つけられたのだろうか。
答えは否である。

少々、話が前後するが決勝終了後の吉田が自身の全5回戦を総括したコメントを紹介しよう。
「序盤は緊張で麻雀がちぐはぐでした。それが全てですね。
  普段リーチするのをダマにしてたり、ダマにするのをリーチしてたり。自分らしくなかった。」

まさにその通りだと思う。
後ろで見ていた私にもそれははっきりと感じ取れた。
しかしその緊張から来る「ちぐはぐさ」が多井を罠に嵌めたのである。

1回戦南1局の1本場、親は多井。
多井は配牌の、
    ドラ
から10巡目にタンピン高目サンショクのリーチを仕上げている。
 

上手い手順にツモが噛み合って見事に仕上がった最終形リーチである。
同巡に伊東が追いかけるもこちらはリーチの時点で純カラ。
伊東の待ちの残り枚数が多井にわかるわけはないが多井には自分が勝つという感触があったことだろう。
この局、確かにアガったのは多井であった。
しかしツモでも伊東のフリコミでもなく吉田が10巡目にを多井に打ち込んだのである。

そのときの吉田の手は
    ドラ

ドラが3枚あるとは言え役なしである。
そもそもこの手を7巡目から吉田はダマテンにしている。
変化が多いためダマテンという選択肢は間違いではない。
2件リーチを受けてもなおダマテンを通すのも間違いではない。
しかし読者の皆さんにお聞きしたい。
2件リーチを受けてなおこの手をダマテンに構え、なおかつ涼しい顔でをツモ切れるものだろうか。
私には少々難しい。
決勝終了後に吉田からこの局のコメントももらっている。

「カンでアガれる気が全くしませんでした。
  好形になるまで待って本手でリーチを打ちたかったんであそこはダマテンのまま押しました。
  自分がドラを3枚持ちなんで2件リーチがあまり高いとは思わなかったのもありますし。
  裏ドラ無しでも親満だったのは誤算でした。」

実際に吉田のテンパイ時点では多井が3枚、谷井が1枚。まず切られる事のない形になっている。
さらに吉田の手に共通の安全牌はのみ。
この局の吉田は「ドラがアンコだろうと好形になるまではリーチはしない。そこまではダマで勝負」という
強い意志を持ってを勝負、そして親満を打ちこんだのである。
賛否あるだろうが私はこの局の吉田の親満失点を「見事」と表現させていただく。

もともと多井は打牌の強弱や雰囲気を含め他家のダマテンを高い精度で読んでくる。
私もプライベートで打つ時には「さくらい君、ダマテンかい?見え見えだね」などと多井から屈辱的な口撃を受けることがしばしばだ。
その多井が「をスッと打たれるまで吉田さんのテンパイに気づいてなかったよ」と語っていた。
しかもその読みも「吉田さんはドラ2枚で役アリテンパイだったんだな」とずれている。

そして次局
吉田は13巡目にリーチ。しかしその手はピンフのみのフリテンリーチ。
3メン待ちとはいえ巡目やドラの所在を考えると危険極まりないリーチである。
この選択は典型的な悪手であると言えよう。誰にも本手が入っていなかったのが幸いである。
流局後の開けられた吉田の手には他家の疑問の目が注がれた。

その後も吉田の手順には「決勝進出者らしい巧手」と「らしからぬ悪手」が混在した。

しかも悪いことに悪手ばかりがテンパイ流局やアガリなどで公開されるのである。

これは野球で言うところの荒れ球効果である。
バッターがキャッチャーのサインを読んでもピッチャーのコントロールが微妙に狂い
結果として読みと違うコースのボールに手を出してしまうことである。
多井は1回戦17局を費やしても吉田の実力を正確につかみきれなかった。
このずれが最後まで多井を惑わせることになる。

1回戦終了時の成績
多井:+45.0
伊東:+6.2
谷井:△10.5
吉田:△40.7

そして2回戦、多井の満貫ツモで開局した。
1回戦トップの多井がまたしても先行する展開になった。
本来ならまだ2回戦とは言え他3者には危機的状況のはずである。
しかしこの後、3者はお互いにお互いの安手に打ち込み合い多井の点棒をなかなか削ることをしない。
多井はこのマンガン以外に1,000点を2回アガっただけで2連勝してしまう。
多井が終わった後で言っていた。
「トップじゃない方が良かったよ。すごく不自然なトップだった。」

2回戦の成績
多井:+19.9
谷井:+5.4
伊東:△4.8
吉田:△21.5

2回戦までのトータル
多井:+64.9
伊東:+1.4
谷井:△5.1
吉田:△62.2

タイトル戦決勝は各回の間に数分間の小休止が取られる。
トイレを済ませたり飲み物を補充したり喫煙であったりと過ごし方は各自の自由である。

また明確に時間が決まっているわけでもない。4名が卓に戻ったら次の半荘が始まるのである。

2回戦終了後、ここまでのスコアに反しての感触の悪さからか多井が少し長めのインターバルを取った。
その間に卓について待つ3名に変化が現れた。
開始前も1回戦終了時も会話をしなかった3名が多井を待つ時間を持て余してか雑談を始めたのである。
少しずつ緊張がほぐれ余裕が出てきたのだろう、笑顔さえ見せている。
それは、「観戦記の見出しは『多井圧勝』とかになるのかなぁ」などと考えていた私に
今後の波乱を予感させるに充分な3名の笑顔であった。
後に多井も、「卓に戻ってきたら3人の雰囲気が変わっていた」と語っていた。

そうして始まった3回戦は多井vs他3者という1対3の構図が明確になった展開となった。

まず東1局、親の吉田が以下の手を7巡目にテンパイする。
    ドラ

ここはダマテンで多井からの直撃を狙う。(もちろん他からでもアガるだろうが)
は3枚ともヤマにある。

このときの多井は
 
と教科書通りのイッツーとサンショクの両テンビン、この後数巡以内ならはツモ切るだろう。

吉田は10巡目にを引いた。
吉田の河は変則手には見えにくく、さらにはを捨てている。
待ち変えでリーチを打つ選択もあるが吉田はノータイムでツモ切り。初志貫徹のタンキを継続。
この局の吉田の打牌には先ほどと同様に確かな意志がある。

ここで谷井がをポンしてのテンパイを入れた。
それを受けて吉田は多井からのを期待しづらくなったとの判断でツモ切りリーチに出た。
実際に多井は谷井のポンテン、しかもピンズテンパイを読みマンズを切ってオリている。

サンショクのイーシャンテンを未練なく壊せる多井もさすがである。
吉田がダマであろうとが多井から出ることはなかっただろう。
結果は谷井が危険牌を引くこともなくツモで吉田の親リーチをかわす。
この局の吉田はアガれはしなかったものの確実に正着を選択した。
谷井は決勝終了後に
「吉田さんはドラタンキのチャンタだったらしいね。ツモ切りリーチだから軽く考えてたよ。
  ドラ引いたら打ってたから危なかった」
と語っていた。

そして東2局1本場。今度は伊東が多井に噛み付いた。

伊東の3巡目の手牌。
   ツモ ドラ

伊東はここからを切っている。そして次巡をツモって打
いわゆる好牌先打(※1)、かつ逆切り(※2)である。
(※1 将来的に不要になる可能性の高いダブリ牌を早めに処理すること)
(※2 例のケースのように本来の順番で切る手順を意図的に逆にすること)

この局の手順を伊東に聞いてみた。
「親の谷井さんが第1打にダブを切ってきたんですよね。
  それに対する多井さんもを安全牌として持たずに合わせてます。
  セオリーだと2人とももう孤立の字牌はないって事ですよね。
  僕の手は全然高くなる要素がないしフリコミだけは避けようと思ったんです。」

この手順に、多井は13巡目の判断を誤る。
多井の13巡目の手牌
    ツモ  ドラ

手牌のはホンイツに移行する過程で偶然残った牌である。
ここにをツモってきて多井は河を見渡した。

伊東の2巡目にある、そして同じく伊東が11巡目にツモ切った
多井自身も9巡目にを切っているのでのスジは危険度が高いように思われる。
逆にはいかにも安全そうなワンチャンス、しかも親の谷井の現物でもある。
多井はを先打ちした。
そして伊東が手出しで2枚切れの
次の多井のツモが、メンホンチートイのテンパイで打
しかしこの牌が今テンパイしたばかりの伊東のロン牌となる。

伊東が語るところ、
「役はピンフのみだったけどに『ロン』と言われた多井さんから大きなダメージを受けた感じが伝わってきました。
  多井さんの手はメンホンチートイだったんですか。アガられたら優勝が決まってた可能性はありますね」

実際に谷井の手には多井のアタリ牌であるが今にもこぼれそうになっていた。
そして多井が危険と判断して先に打ったはアタリ牌どころか必要としている者さえいなかった。
多井転落のきっかけが目に見えるカタチで現れた最初の局だったように思う。

観戦記こぼれ話1

本文中の伊東のコメントは決勝から5日ほどたってから電話で聞いた内容である。
このとき牌譜を見ながら話す私に対して電話の向こうの伊東は記憶だけで質問に答えている。
上記3巡目の牌姿や親の第1打がであったこと、多井がを合わせたことなど伊東は質問した全ての局を寸分たがわず覚えていた。
恐るべき記憶力である。他の使い道はないのだろうか(笑)

多井の再加速を止めた伊東がここからアクセルを踏み込んだ。
伊東は次局7巡目テンパイのピンフのみの親リーチ。
ここに既に伊東の現物待ちで仮テンを入れていた谷井が一発で打って5,800。
その後も押さえつけリーチでの1人テンパイやダマテンを重ねて4連荘。持ち点も5万点を超えた。

この伊東を止めたのは吉田であった。
西家の吉田は5巡目に以下のリーチを打つ。
    ツモ ドラ

特に違和感のあるリーチではないが吉田は普段「ツモれる待ちでリーチをするのが身上」と語っている。
ここはをはずして手厚く打ちたいのが本音である。
しかし伊東の連荘を止めるためにプレッシャーをかける事をこの局のテーマとしている。

伊東が降りてくれれば文句なし、前に出てきてを打ってくれればなおよしといったところか。

吉田のリーチを受けたときの伊東の手牌は、
    ドラ

ここまで整った手牌なら開き直って攻めても良いのではないだろうか。
流れやオカルトの話ではなく、点棒を持ったときに強気に畳み掛けられるかどうかは強者の条件であると私は思っている。
伊東は一発でつかんだを打てずに現物のを抜いてしまう。
そして次巡の引きで完全な裏目。あとはベタオリであった。そして流局親流れ。

仮に伊東が吉田のリーチを無視して自己都合のみで打てたなら、、そしてこの後のをツモりメンタンピンが仕上がっている。
これは吉田の戦略勝ちと言っていいだろう。

ただ残念なことに吉田がをはずしていた場合は手なりでタンヤオドラ2のテンパイが8巡目に入り伊東のタンピンのテンパイ打牌を捕まえている。結果だけ見ればこちらの方が良かったかもしれない。

さて1人が失速すれば1人が加速するのは麻雀の定説である。
そして今回加速したのは多井であった。

東4局5本場、南家吉田の4巡目。
   ツモ  ドラ
吉田はここから切りでリーチを打った。

このリーチ、4巡目と言う事を考えると少々もったいない気がしなくもない。
ダマテンでタンヤオやサンショクを待ってみたいほど手材料は整っている。
切りの仮テンからマンズ好形を生かすのもオモシロい。

このリーチに親の多井はと切って果敢に追いかける。
しかも持論である☆△リーチ(※3)。
(※3 多井の独自理論。イーシャンテン(☆)とテンパイ(△)が続いたときは統計的にアガリ率が高いという理論)
吉田がすぐに多井に7,700を打ち込んだ。

さて、ここまで本文中にほとんど登場しなかった谷井はと言えば・・・
本人が語るところ、
「序盤は鳴いてもいいような手でも我慢して自分のメンゼンスタイルを貫いていた」
とのことである。
今回谷井の採譜係を担当し、谷井とは中学校時代からの友人でもあるRMUアスリートの鈴木智憲は、
「もう少し鳴きとか入れていかないと置いてけぼりになっちゃうんじゃないのかと心配していた」
と言う。

そんな谷井の浮上のきっかけは南1局1本場だった。
谷井は第1ツモでドラのを重ね、8巡目にイーシャンテンとした。
    ツモ ドラ

とした谷井だが2巡ツモ切り。
すると4巡目のリャンシャンテンから有効牌を引けなかった吉田がしびれを切らしてアトヅケの仕掛けを入れた。
    ポン  ドラ

吉田にとっては2ラスで迎えた3回戦の南場の親を簡単には諦められない気持ちだったのだろう。
しかしこの仕掛けはよろしくない。
が2枚ずつ見えている上に吉田の河からチャンタも考えにくく役が限定されやすい。
ドラのを1枚持ちの多井もドラを持っていない伊東も、吉田の手にドラが固まっていると読んでしまう。
したがって他家からの打ち込みもあまり期待できない。
さらには他家にリーチで押し返されたときにオリにくいという手牌構成になっている。

そしてアガったとしても1,500点。
いわゆる「勝因にならないのに敗因になってしまう一手」である。

この仕掛けで谷井はテンパイを入れた。
    ツモ  ドラ
当然のリーチ。

多井、伊東にしてみれば本手の親の仕掛けに本手の谷井が噛み付いたように見える。
どちらにも打つわけにはいかない。成り行きを見守ることにした。
吉田だけは仕掛けた以上、無理を承知で押すしかない。
多井が谷井の河を見て切ったをチー。一応の片アガリだがテンパイだ。
しかしこの鳴きで谷井にが流れハネマンのアガリとなった。

そして次局、9巡目に谷井の親リーチが入る。
    ドラ
 
待ちのは既に5枚見えている。
親番によく見られる押さえつけの意図が含まれたリーチである。

ここに先ほどの吉田のリーチにはオリていた伊東が以下の手をリーチ。果敢に戦いを挑んだ。
    ツモ ドラ

入り目で役が消えて仕方なくリーチなのだが、河を見るに待ちのはどう見ても良くない。
点数状況関係なく親のリーチに追いかける手ではないと思う。

さらに勝負論としての側面で見ると「さっきの吉田にはオリたのになぜ今回はオリないのか」が疑問の焦点となる。
さっきは伊東が親で吉田が子、今度は谷井が親で伊東は子である。
この半荘の点棒状況からもトータルポイントからも、
吉田に対しては押し返しやすく谷井に対しては押し返しにくいと言える。
この伊東の状況判断は一貫性の乏しさを指摘せざるを得ない。

結果、伊東がをつかみ裏ドラつきで谷井に12,000を打ち込んだ。
3回戦のトップ目が伊東から谷井に入れ替わった。

そして南3局で吉田がハネマンをツモり3着目に浮上。
多井はオーラスの親番で抵抗を試みるも愚形リーチでひとりテンパイをとったのみ。
1本場で伊東に打ち込み3回戦終了。
大物手が飛び交った3回戦は大物手をアガれなかった多井がわずかの差で4着になった。

 

3回戦の成績
谷井:+20.2
伊東:+8.1
吉田:△7.1
多井:△21.2

3回戦までのトータル
多井:+43.7
谷井:+15.1
伊東:+9.5
吉田:△69.3

4回戦はもちろん全員にとって正念場である。
見出しをつけるなら「体勢を立て直したい多井」「見えてきた多井の背中を見失いたくない谷井と伊東」
「大逆転に最後の望みをつなぎたい吉田」といったところだろうか。

4回戦の結果を先に書こう。
多井がハコラスである。
そしてトップは谷井である。
谷井のトップは8万点を超える大きなトップであった。
多井はマイナスに転落し谷井はトータル首位になった。

正直に言う。
決勝の場でも、執筆中に眺めていた牌譜からも、私にはこのような状況に至るきっかけがわからなかった。
谷井に会心の手順があったわけではなく、多井に痛恨の失着があったわけでもない。
デジタル論者は「麻雀はアガリやフリコミが続いても偶然の延長だよ」と言うかもしれない。
オカルト論者は「谷井が3回戦のいい流れを上手く持続させたのさ」と言うかもしれない。

例えば南2局、親の谷井が6巡目にリーチ。
    ツモ ドラ

このリーチを受けた伊東の手牌は、
    ツモ ドラ

谷井の現物は2枚()あるが、ドラ2枚持ちでの攻めを考えた伊東は
のターツはずしの選択で前者を選択しで一発つきの5,800をフリコんでしまう。
伊東本人は「あのはミスだった」というが私は「仕方のないフリコミ」と思っている。

さらに谷井はその1本場で以下の6,000オールをツモる。
    ツモ ドラ 裏ドラ
メンタンツモ裏3である。

そして次局も谷井の4,000オール。
    ツモ ドラ 裏ドラ
わずか3局で43,000点持ちから8万点オーバーとなった。

最後の4,000オールに関しては多井がコメントしている。
「正直ツモられる予感があったし喰いずらすこともできたんだけど声が出なかった。
  最近は普段の麻雀の中でそういった感覚的なテクニックを避けて、
  絶対的な強さを研究・実践しているから今回のようなとっさの場面で鳴けなかったんだと思う」

しかし多井が鳴いても谷井がアガった可能性もある以上、
このコメントは多井の感覚論を説明したに過ぎない。

と言うわけでこの半荘に関してはこれ以上の言及を避けたいと思う。
「谷井が突然バカづきした」と思う人もいれば「伊東のフリコミが引き金を引いた」と言う人もいるだろう。
個々に判断していただいて構わない。
ちなみに私個人は「一番姿勢よく打って、序盤の苦しい場面を耐えた谷井には力が溜まっていた」と
少々印象から来る感情論を含んだ解釈をしている。

4回戦の成績
谷井:+67.7
伊東:+4.1
吉田:△20.9
多井:△50.9

4回戦までのトータル
谷井:+82.8
伊東:+13.6
多井:△7.2
吉田:△90.2

観戦記こぼれ話2

4回戦終了時に吉田が私にこう言ってきた。
「悔しいですが優勝は諦めました。どんな風に打てば最終戦で皆さんに迷惑をかけずに済むのでしょうか。
  こういうときの打ち方を知らないもので・・・」
このセリフは人によっては嫌悪感を抱く人がいるかもしれない。
しかしそれだけ「決勝戦という真剣勝負」と「優勝という言葉が持つ価値」を大切に思って吉田が対局に臨んでくれたということである。
事実、最終戦での吉田は完全に拳を下ろし勝負を決めてしまう打牌を一切しなかった。

(そのため吉田の下家の多井は不幸にもほとんど鳴かせてもらえなかった)
最終戦での4着は潔さからの4着である事を吉田の名誉のためにここに述べておきたいと思う。
打ち上げの席では全員が吉田の男らしさを称えていた。
「勝負の結果は時の運。勝っても負けても潔さが肝心」というセリフを思い出した。

ある程度大勢の決まったタイトル戦の最終戦では、普段とは違う打ち方が必要になる。

例えば東4局10巡目、伊東は親番で以下の手をリーチしている。
    ドラ

普通の状況であればリーチで何も問題はない。
しかし現在のトータルポイントを見ると伊東が優勝するためには
谷井を4着にしてさらに谷井と4万点近く離したトップを取らなくてはならない計算になる。
よって「普段よりも親番の価値が大きいこと」「谷井からの直撃が望ましいこと」のファクターが強くなる。
結果論でなくここはダマテンが正着といえよう。
実際にリーチがなければ、マンズのメンホンイーシャンテンだった谷井はおそらく次巡につかんだをツモ切ったと思われる。
現時点での点棒状況は伊東が37,400、谷井が27,500。
もしこの直撃を取れていれば伊東と谷井の差は1万点を切っていた。

この伊東のリーチは局を長引かせた。そのため多井にチャンスが訪れる。
多井は前局に吉田からの3,900を見逃している。
マンガン変化があったこともあるが、一番は谷井からの直撃にこだわったためでもある。

そしてこの局は14巡目に伊東のリーチに追いかけた。
   ツモ ドラ

直前に打たれたを鳴かずに自力で引き入れた、ツモり四暗刻のリーチ。
100ポイント近く離された状況では一か八かの勝負を成功させることが求められる。
もちろんこの手をツモればまた多井の優勝が現実味を帯びてくる。
ともにヤマには1枚ずつ残っていた。
終局間際に伊東がをつかみ多井は渋々ながら伊東から12,000をアガった。
この半荘トップだった伊東が一撃で谷井とのラス争いになってしまった。
伊東がダマテンを選択するかしないかでここまで未来は変化するのである。

そして南1局、南家の多井が終局間際にこのリーチ
    ツモ ドラ

既にテンパイしていた伊東が一発でを打つも多井は平然と見逃した。
なぜならこの手を伊東からアガってしまうと谷井をラスにするのは限りなく難しくなる。

8,000ないしは12,000の点数収入はあるが谷井の順位点を考えると実質的な点差にはほとんど意味がなくなるのである。
幸いにも親の吉田がテンパイ気配を出していることから局をつぶさない方が大切という判断。
タイトル戦の大差を付けられた状況でここまで的確かつ冷静に判断できる多井はやはり只者ではない。
余談だが伊東が後に「一発で高目を切って見逃してもらったのは生まれて初めてです」と苦笑いしていた。
なかなかできる経験ではない。

そして迎えた「本来終わっていたはずの」南1局で多井がメンホンイッツーのハネ満をツモアガる。
待ちはカンだが谷井が多井のテンパイ後もを切っていたように谷井からの直撃チャンスはあった。

そして南2局で伊東がドラタンキのチートイツをリーチでツモアガり裏ドラつきで倍満。

注文どおり谷井がラスになってしまう。
3回戦で多井包囲網が築かれたように5回戦は谷井包囲網が築かれている。
しかし少々包囲網の完成は遅かったようだ。
多井、伊東ともに抵抗はここまでだった。

オーラスの親は伊東。
優勝条件は以下の通り
多井:谷井からの倍満直撃か三倍満ツモ
伊東:3,200オールツモか多井か谷井からの12,000直撃でとりあえず逆転(アガリヤメはないので親は連荘)
谷井:アガれば優勝

多井が国士無双リャンシャンテン、伊東が1鳴きのトイトイ(ツモれば4,000オール)をテンパイするも
谷井が最後はきっちりとアガって優勝を決めた。

5回戦の成績
多井:+31.8
伊東:+16.2
谷井:△17.5
吉田:△30.5

最終成績
谷井:+65.3
伊東:+29.8
多井:+24.6
吉田:△120.7

1回戦開始から7時間近くが経過している。外は暗くなっていた。

表彰式でトロフィーを受け取る谷井の笑顔が充実感に溢れていた。
谷井茂文、初のタイトル戦決勝で初タイトル獲得。

観戦記を書いてみて谷井の登場頻度があからさまに少ないことに気づいた。
事実、多井が随所に見せたようなスーパープレーを谷井は見せてはくれなかった。
(谷井本人は「見てなかっただけだろ!」というかもしれないが・・・)
ただ彼は誰よりも背筋を伸ばし、誰よりも真剣な目で卓上の牌を追っていた。
決勝の感想を問うと「終始自分の麻雀を打ち切りました」と返してくれた。

私の好きな言葉に「凡事徹底」というものがある。
何でもない事を徹底して続けられる者が最後には笑えるということなのだろう。

文頭に「新しい団体には新しいシステムが良く似合う」と書いた。
その末尾に以下の文言を付け加えて欲しい。

「新しいシステムには新しいタイトルホルダーが良く似合う」

(文中敬称略 さくらい良)




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